東京高等裁判所 昭和37年(ネ)1101号 判決
控訴人は、本件手形の前示第二裏書は、偽造のものであると抗弁する。よつて案ずるに、当審証人柳元始(第一、二回)、山内秋雄、斎藤福造(第一、二回)、四元円の各証言(柳以外の証人らの証言については後記措信しない部分を除く)並びに甲第四第五号証の各記載を総合すると、次のとおり認められる。即ち訴外山内秋雄は訴外中村竜三より昭和三六年八月中旬頃本件手形の割引方の依頼を受けたので、かねて取引のあつた金融業を営む訴外株式会社日興(代表者斎藤福造)に対し本件手形(当時前示第一裏書は既に為されていた)の割引方を依頼したところ、右会社は被控訴人に金主になつてもらい山内の右依頼に応ずることになり、且つ通例に従つて裏手形(保証のための手形)を要求した。山内は以前からヤナギ鉄鋼株式会社(代表取締役は柳元始)から同会社振出の手形を融通のために借り受けてこれを現金化していた関係に在つたが、右日興の要求があつたので、本件手形の裏手形とすることを告げず、通常の融通手形として代表者柳元始から受取人欄白地、金額一七万円、満期同年一一月一三日とする約束手形(甲第四号証)一通の振出を受け、これを本件手形が不渡になつた場合の保証の意味で本件手形と共に株式会社日興に交付した。その際山内は同会社事務所において代表取締役斎藤福造もしくは同会社の使用人四元円から本件手形にヤナギ鉄鋼株式会社の裏書を得て来るよう要求されたが、山内は固よりヤナギ鉄鋼株式会社を代理して本件手形に裏書する権限は与えられていなかつたのに拘らず、恰も右代理権限があるものゝように装つて即時同所で本件手形裏面に前示第二裏書の記入を為しかつ勝手に用意した(柳)なる三文判を「柳元治」名下に捺印して右要求に応じ、同月二二日本件手形の割引金を受領すると同時にほしいまゝに「柳鉄鋼株式会社柳元治」名義の右三文判を捺印した領収証(甲第五号証)を作成し、これを株式会社日興に交付した。そして本件手形とこの保証手形である甲第四号証の手形とは株式会社日興の手を経て右割引金の金主である被控訴人に交付された。以上の如く認定することができる。
前示証人斎藤福造(第一、二回)及び四元円の各証言中には、柳元始が山内と共に本件手形の割引を依頼しに株式会社日興の事務所を訪れたとの供述があるが、斎藤証人の証言と四元証人の証言を比較検討すると、もし両証人が真実を述べているのであれば当然同一趣旨の供述があつて然るべき点にそれが見られず、また斎藤証人の証言のみをとつてもその第一回証言と第二回証言とでは供述内容に首尾一貫を欠くものが窺われるが、此等の点に鑑みると右両人の証言には真実に合致しない点が相当にあるとの感を否定し難く、これに前示柳元始(第一、二回)、山内秋雄の各証言を併せ考えると、柳が本件手形の割引を斎藤乃至四元に依頼した旨の斎藤及び四元の前記各供述は竟に措信できない。また、前示証人山内秋雄は、本件手形の前示第二裏書はヤナギ鉄鋼株式会社の事務所で柳元始の承諾のもとに同人の面前で自分が書いたものであると証言するが、もし右証言どおり柳元始がヤナギ鉄鋼株式会社の代表取締役として本件手形に裏書することを承諾したのであれば何も山内に署名の代行をさせなくとも自ら署名できた筈であり(仮に柳が右承諾をしたと仮定しても自己の面前で山内をして署名の代行をさせなければならなかつた特段の事情の在つたことは全証拠によるも全く窺われない)また自己の氏名が「柳元治」と誤記されるのを見てこれを放置する筈はなく、更に前示柳元始(第二回)の証言によれば、同人はヤナギ鉄鋼株式会社の代表取締役として手形行為を為す場合には必ず前示甲第四号証、甲第三号証(甲第三号証は甲第四号証の約束手形が不渡りになつた時その書替手形としてヤナギ鉄鋼株式会社より受取人欄白地のまゝ山内に於いて振出を受け、山内から株式会社日興に差入れられ、同会社から被控訴人に交付されたものである。そしてこの手形の金額が一五万円になつているのは、右書替に当り山内がヤナギ鉄鋼株式会社から金額二万円の小切手一通を借りてこれを株式会社日興に差入れ、同会社がこれを被控訴人に交付したことに因るものであり、被控訴人が本件手形金中二万円の入金があつた旨自認しているのは右小切手金による入金があつたことに基くものである。そして右甲三号証の手形及び二万円の小切手の振出の際、此等が本件手形に関連していること乃至本件手形債権者に対して交付又は支払はれるものであることは柳において知らなかつた。以上の事実関係は前顕証人らの各証言を総合することによつて認められる。)甲第二号証(これは、甲第三号証の約束手形が不渡りになつた時その書替手形として山内に於いてヤナギ鉄鋼株式会社より前同様振出を受け、前同様の経路で被控訴人に交付されたものであり、且柳において右の関係を知らなかつたことも前顕証人らの各証言を総合して認めることができる。)の各振出人欄の「代表取締役柳元始」名下に捺印してある印章を使用していたことが認められるが、もし山内の前記証言が真実ならば少くとも本件手形の前示第二裏書における「柳元治」名下には右印章による捺印があつて然るべきであるが右名下の捺印は甲第二ないし第四号証に捺印した印章とは全く別個の三文判によつたものであることが印影の対照によつて明白である。また甲第四、三、二号証(このうち甲第三、二号証の成立については証人柳元始は率直にその成立を認めている。甲第四号証は同人の証人尋問が済んだ後に提出されたもの)が山内によつて順次替り手形として使用されたことを柳は本件で証人として尋問された当時には既に知つていたものと認められ(この事実は本件弁論の全趣旨から窺われる)しかもヤナギ鉄鋼株式会社が解散により現在消滅した(このことは証人柳元始の当審第一回の供述により明らかである)、本件にあつては、柳が真実を偽つてまでも終始本件手形の裏書のみを否認しなければならない如き事情は本件全資料を検討しても見出し難い。以上の各事実に証人柳元始(第一二回)、斎藤福造(第二回)の証言及び原審における控訴会社代表者本人尋問の結果を併せ考えると、本件裏書についてヤナギ鉄鋼株式会社の代表者たる柳元始の承諾を得ていた旨竝に裏書は柳の面前において書いた旨の山内秋雄証人の供述部分は到底真実に合致するものとは認め得ない。他に前段認定を覆して右裏書が真正有効なことを認めるに足りる証拠はない。
以上認定の通りであるから、本件手形の前示第二裏書は真正のものではなく山内秋雄の偽造にかゝるものであるから被控訴人が本件手形の適法の所持人であるとの前記法律上の推定は覆されたものといわざるを得ない。
(鈴木忠 加藤 宮崎)